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短編「待ち人とウェイトレス」

  • 執筆者の写真: no name(カエル)
    no name(カエル)
  • 2019年2月9日
  • 読了時間: 9分

ガヤガヤと、人の声が重なり合い、数々の意味ある言葉が、意味のない騒音となっている。

そこは街の一角にあるレストランである。土日ともなると、予約しなければ入れない位の盛況ぶりである。

そこのウェイトレスとして、にこやかに働く若い女性がいた。


「おい、セシリー」

セシリーと呼ばれた彼女は、その声に「はい」と返事を返しながら指示を聞く。

セシリー・ドーキンス。父親は大手製薬会社の社長で、それ以前にドーキンス家は代々事業を成功させてきた。その一人娘のセシリーは、とどのつまり裕福なお嬢様である。

その事を彼女自身も自覚しており、こうして高校へ通う傍ら、レストランでバイトをしているのだ。

これには勿論両親は大反対をしたものだが、彼女は「もっと世間を知りたい」と、生まれて初めて親に逆らったのである。

その甲斐あって、かどうかは分からないが、セシリーにとってアルバイトという行為は非常に新鮮な事であり、同時に楽しいと思える事であった。

更に人間関係であるが、最初こそ「良家のお嬢様」という事で色眼鏡で見る者もあったが、何でもニコニコと仕事をこなす彼女に、次第に彼女を取り巻く職場の人間たちも、セシリー・ドーキンスという人間と良好な関係を築くようになっていった。

と、遠くからマネージャーのカミラという女性が声を掛けてくる。


「よく働くね、ドーキンス。あ、そうだ今日はマゼンダがバースデーパーティーだかお通夜だか知らないけど、ええと、どっちだったかしらね? バースデーだとしたら、そんなの祝う歳なの? 全く何かにつけて飲もうとするんだからあの女は……ああ、まあ、そういう事でいらっしゃるみたいだから、盛大によろしくってコックに伝えておいて!」

 お通夜だった場合に、盛大にして構わないのだろうか、と思いつつもセシリーは言われた事を正しくコックに伝える。

これも、セシリーの楽しみの一つなのである。

働いてみてから気付いた事だが、人間は、何かの節目や何かを決起する時、または何かを終える時。必ずと言っていい程食事を伴ってそれを皆で確認し合う。だから、沢山の人間の人生のターニングポイントに立ち会えるこの職場が、本当に好きになっていたのだ。

そんなセシリーの視線が、ある一人の人物の方向を向いた。歳の頃なら50歳前後だろうか、優しそうな顔の男性である。

その男は、どうやら誰かを待っている様だ。二人掛けのテーブルに、空のワイングラスが二つ。男の前にはまだ使われていないナイフとフォークが置かれており、勿論向かいの席にも同じくナイフとフォークが置かれている。

ただただじっと誰もいない向かいの席を眺める男の顔は、どこか楽しそうで、しかしいくばくか不安もないまぜになった様な表情だった。

しかし、セシリーは眉根を寄せる。思わず父親に買ってもらったグッチの時計に視線を向けた。その男性客が予約をした時間から、かれこれ一時間近く経っているのである。


(お相手……来れなくなっちゃったのかな)


セシリーは、胸中で呟きながら、相手の事を想像する。

奥さんだろうか、それとも息子さん? はたまた、付き合っている彼女だろうか。

ただ、どういう相手を想像しても、やはり相手が来ない事がいい事だとは思えない。セシリーは、人知れず彼の待ち人が現れる事を祈っていた。


それから、一時間。二時間。いくら待っても、男の待ち人は現れなかった。

ついにとうとう、店が閉店となったとき、男は少し悲し気な表情を顔に貼り付けながら、二人分のコース代金を支払って退店していった。

その後ろ姿は、どこか悲しみという形容しがたい物を背負っている様で、セシリーは胸を締め付けられる思いだった。


そこへ、若い男性が声を掛けてくる。

「お、セシリー、おつかれー」


彼の名前はノア・ウォーカー。セシリーと同じく18歳なのだが、彼は飛び級で大学院に通っている。機械工学、主にAIの分野を学んでいるらしいが、頭はいいけど人付き合いは苦手なタイプ、とセシリーは睨んでいる。

そんな彼は言葉を続ける。


「やー、今日も来てたね、ウインドウデート爺さん」


「ウインドウデート?」


思わず聞き返したセシリーに、何故か眉根を寄せて面倒臭そうな表情をするノア。


「ああ、知らないっけ? あのおっさんね、ひと月に一回は現れるんだよ。毎回二人分予約して、一回も相手が来たことが無い」


「えっと、そうなんだ。なぜウインドウデートって名前なの?」


ノアの眉間の皺が倍に増えた気がする。彼はそういう人間なのだ。通常は話し相手が興味をもって聞き返すのは、話が盛り上がって楽しい、そう感じる筈だが。彼は違うのだ。

セシリーの予想では、彼は会話をしたくて話すのではないのだろうと感じている。ただ、じゃあなぜ話しかけて来るのかは依然としてわからないが。

ともあれ、不機嫌ながらも答えてはくれるようだ。


「ウインドウショッピングってあるでしょ? 窓越しに見るだけってやつ。あのおっさんも

デートの手前で妄想だけしてんじゃね? ってこと」


ああ、なるほど。とセシリーは心の中で呟いた。


●●●●


それから、ノアの言葉を借りるなら『ウインドウデートおじさん』は毎月現れた。

来る日も、来る日も。確かに待ち人は現れなかった。

毎回切ない顔をして去っていく男。セシリーは、それでも待ち人が現れる事をずっと願っていた。


●●●●


それから、ついに一年が経過した。

もちろん男の待ち人は現れなかった。

待っている間、不安や期待の表情を代わる代わる出現させ、最後には落胆の顔になって終わる。

セシリーには、見ていられなかった。自分に何かできないか、何か力になれないか。そんな事を考えるようになった。

そして、セシリーは、ハッと計画を思いつき、飛び上がって喜んだ。

そうだ、待ち人が来ないなら、『自分が相手を演じればいいのだ』と。ここまで真面目に働いてきた彼女である、仕事中に少し抜け出すくらいなら許してくれるだろう。そう思ったら居てもたってもいられなくなり、すぐに稼いだバイト代でドレスを買いに走った。

バイト先のロッカーにそのドレスを用意して、その待ち人男が現れるのを、今か今かと待っていた。


●●●●


数日後、ついにその男は現れた。

いつも通りに、二人掛けのテーブルに腰かけ、相手の席を眺めている。

セシリーは、急いで店長に抜け出す許可をとり、ドレスに着替えた。心臓が弾むように高鳴っている。自分は、彼の人生のターニングポイントに立ち会うどころか、そのものになれるんだ。そう思うと、体中から力がみなぎってくる思いだった。

……そして。



●●●●


「お待たせ」


青いドレスを身にまとった若い女性。セシリー・ドーキンスはそう声を掛けた。

彼の同僚たるボーイが、怪訝な表情をしながらも椅子を引いてくれる。その様子を少し気恥しい気持ちでいながらも、セシリーは男の向かいに腰かけた。

笑いかけるセシリーに、男は驚きの表情を浮かべている。見やると、手も僅かに震えている様だった。あまりの事に声も出ないのか、開いた口からは荒い息遣いは聞こえるが、何も声を掛けてこなかった。

セシリーは、勿論自分が相手の望んだ人間ではない事は自覚している。けれど、こうして力になりたいと思うものがいる事を知って欲しいと願っていた。そして、出来るなら、そうやって待つことを止めて、建設的に生きて欲しい。そんな事を願っていた。

自分の善意は必ず伝わる筈。だからこそ、これからこの男とどういう会話を行うのか、それが楽しみだった。

……だが。


「ふざけるなああ!!」


ドン! という音と共に男の拳がテーブルに叩きつけられる。


(……え?)


予想外の出来事にセシリーは何もできないでいた。自分が正しい相手じゃないから? 何かを間違えたのだろうか。様々な疑問符がセシリーの脳内で飛び交うが、答えは見つからない。

だが、男の声は止まらなかった。


「何のつもりだ!? 私の唯一の……! 唯一の楽しみを台無しにしやがって!! これから俺

は何を励みに生きればいいんだ! 全部ぶち壊しだ!!」


目を血走らせ、口の端には泡を吐きながら叫ぶ男。次第に店の人間が興奮する男を取り押さえる。どこかで警察に電話している声も聞こえてきた。

そんな中でも男は絶叫に近い叫びをあげていた。


「殺してやる!! 殺してやるからな!! 絶対に許さない……!!」


堪らず、セシリーは疑問符を声にした。


「何が、何がいけなかったんですか!?」


男は、底冷えのするような視線をセシリーに向けながら、声を出す。


「ああ、ああ、こいつは本当に何もわかってない。何もわかってない! 分かるか? 私は待つ事を愉しんでいたんだ。来てくれるかな、ああ、でも、やっぱり来ないかな。いや、きっと来てくれるさ。ああ、ダメだ、もう時間がないぞ、でも、もしかしたら来てくれるかも……」


男は、怒りの表情から、恍惚の表情へと顔を付け替えた。だが、次の瞬間には、また烈火の如き怒りの表情へと変化させ、怒鳴り散らす。


「だが!! お前が全部ぶち壊したんだ!! 『一度待ち人が現れてしまった』ら! 私の中で

考え方が変わってしまう!! 『きっと来ない、でも来てほしい』から『来てしまうかもしれない』って思ってしまうんだ!! 最悪だ! 最悪なんだよ! これからは待ち人が本当に表れてしまうかもって恐怖しなきゃならないんだ!! どうしてくれるんだ!!」


セシリーの目には涙が浮かんでいた。こんなつもりじゃなかった。こんなはずじゃなかった。極度の混乱状態に陥った彼女には、頭の中に入ってくる単語を読み解く事が出来ず、男の言っている事のほとんどが理解できないでいた。もとより、正しく意味を把握しても、理解できなかったかもしれないが……。

恐ろしい程の怨嗟の声を放つ男は、ついにとうとう警察に取り押さえられ、連衡されていった。

だが、すれ違いざまに「絶対に許さない」とセシリーに呟いた声が、耳から離れなかった。



●●●●


それから。セシリーは彼に一言謝りたくて、毎日、気付けばその男が現れるのを待つようになった。

許してくれなくていい、ただ、謝る事はさせて欲しい。そう願っていた。

だが、彼は数か月経っても、店には現れなかった。

それでもセシリーは待ち続けた。いつか現れる。いつか現れて、謝罪をするチャンスは訪れる筈。そう信じて待ち続けた。


●●●●


それから一年ほどの月日が経ったころ、風の噂ではあの待ち人男は死んだという噂が流れていた。

確かなものではない。生きているかもしれない、いや、きっと生きている。そう信じて待ち続けた。



●●●●


それから十年。

セシリーは、二人掛けのテーブルに腰かけていた。目の前には何も注がれてないワイングラス。使われてないナイフとフォークがキラキラと光を反射している。

向かいの席には、誰も座っていない。

もちろん、そこに並べられているワイングラスも、ナイフもフォークも、全て未使用だ。

彼女は、彼を待っていた。


その顔はどこか、楽しそうだった。

 
 
 

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